私から見た日本と中国 (2)

皆さん、こんにちは!中華料理店ハルビンの本間です。
前回に引き続き、担当させていただきます。
今回は、日本の生活の中で感じたことについてお話しします。

私は日本にきて皿洗い、ウエイトレス、パソコン入力、事務などいろいろな仕事を転々として、今の会社を設立することができ、10年目になります。日本は自由の国だから、本人が頑張れば未来は開けています!最初は日本語さえ分からなかった私でも頑張った結果、何とかなりました。

日本に来たばかりのときは、日本語が全然わかりませんでしたが、一緒に勤める日本人の方々は、とても親切に日本語と仕事の内容を教えてくれました。かわりに私も日本の方々に恩返しようと思い、早く日本語を覚えて一所懸命に働きました。

時々、中国の友達から「職場の日本人に細かく指導された」とグチを聞きますが、それは日本に対しての理解が足りません。日本人は几帳面な性格の方が多く、自分の家を愛するように職場を愛しているので、大雑把な中国人に対して細かく言いたくなるのだと思います。
それぞれの国の文化習慣は違うので、外国人がすぐに日本に馴染まないことを、お互いにもっと理解すれば、すれ違いもなくなるでしょう。

私は日本で長く生活し、日本語が大好きになりました。感謝の気持ちを表す言葉が大好きです。感謝の言葉で生きる勇気を与え、困難なことに立ち向かえることができます。
日本語の「おかげさまで」「いつもありがとうございます」「いつもお世話になっています」など感謝を伝えるほうが、より心を込めている様子が伝わります。

去年の7月に中国のハルビン市にいる大学時代の同級生6人を誘って日本に観光に来てもらいました。
ぎおん柏崎まつりぎおん祭りの24日に柏崎に来て、たる仁和賀(にわか)の夜を見に行きました。お神輿を担ぐ日本人の熱気に包まれ感動しながら、「なんで日本人は給料なしなのに、趣味でこんな団結して祭りができるの?これは中国ではなかなかできないですね」と話していました。
最後には同級生らもお神輿の担ぎ人の真似をして踊りだしました。

同級生は、この祭りを見てとても不思議な気持ちになったといいます。

中国のニュースなどでは、日本人は普段から控え目で几帳面なイメージが伝えられ、同級生たちは、「こんな情熱的な演出を見て、日本人に対する認識が変わった」と日本人の違う一面を見て驚いていました。

私の父親は中国残留孤児で、肉親を探すことができたのは、周恩来と田中角栄が握手をしたおかげです。それから日中友好になって、残留孤児たちとその二世の子供たちが日本に帰国することができました。

いつも第一の祖国は中国で、第二の祖国は日本で、日中友好だからと自慢していましたが、いつの間にか日中関係が昔に比べるとものすごく悪くなり、私みたいな中国人としてはとても悲しいです。心から日中関係が良くなってほしいと思っています。

だから日中関係が悪化した今こそ民間の交流が必要だと痛感しました。

中国のことわざで「水を飲む時には、井戸を掘った人のことを忘れてはいけない」という有名な言葉がありますが、この「井戸を掘った」のは、まさに民間交流の力だと思っています!

これからも微力ですが、日本に関心のある大学同級生、友達を大切にし、より深い交流を進めたいと思っています

(有)ハルビン貿易商会 本間 悦子

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