千の風になって(A thousand winds)

昨年大みそかのNHK紅白歌合戦でテノール歌手の秋川雅史さんが歌った「千の風になって」が注目されているようだ。
1月22日付のオリコンのシングルチャートで首位になり、クラシック系のアーティストでは初めてのことだそうだ。
千の風になって千の風になっては作者不明の英語の詩を、芥川賞作家の新井満氏が日本語で作詞し、作曲したものである。新井満氏のふるさとは新潟市である。

ここで弁護士をしていたおさななじみの川上耕さんには、奥さんの桂子さんと3人の子供たちがいて、とても明るく幸せな生活をしていた。
ところがある日、桂子さんはガンにかかり、なくなってしまった。
桂子さんは地域で地道な社会貢献活動をしていた人で、たくさんの仲間たちが協力して、追悼文集をだした。
新井満氏は、このとき、この歌をつくり、私家版のCDを数枚だけプレスして、そのうちの一枚を川上さんのところに送った。
この歌が三年後、朝日新聞の天声人語に紹介されると、ちょっとした騒ぎになり、全国からCDを欲しがる声が殺到し、新録音でCDを出しましょうというレコード会社が現れた。
それがポニーキャニオンの「千の風になって」である。
私は死後の世界、霊界に興味を持ち、丹波哲郎やエマニエル・スウェーデンボルグの書物を読んでおり、この「千の風になって」の詩に素直に共感している。

ところで、新潟清酒の中に「千の風」という銘柄があることを御存知だろうか?
この新井満氏と、川上耕さんの同級生の一人に永井ミナさんという人がいる。
彼女が長じて結婚した相手が塩川英男さんで、塩川さんは兄の塩川武司さんと共に塩川酒造を経営している。
塩川酒造は新潟市内野町にあって、生産量こそ少ないながらも、国内最高水準の日本酒を造っており、平成11年には関東信越国税局の酒類鑑評会で主席第一位を受賞している。
清酒・千の風ある日、ミナさんは考えた。(自分なりの方法で、桂子さんを追悼できないものだろうか・・・)
ミナさんは夫の英男さんに相談し、英男さんは社長をしている兄の武司さんに相談した。
その結果、塩川酒造は総力をあげて日本酒「千の風」をつくり、世に問うことに決めたのだった。
問屋さんには流通せず、こだわった酒屋のみの販売。
今から三年前のことである。
お酒の売り上げ金の一部は千の風・基金に寄付され、桂子さんのかかわっていた社会貢献活動に役立っている。

この記事の著者

八幡屋

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