表参道・新潟館 ネスパスで柏崎を発信
今年は雪なしの冬で終わるか?と思っていたら3月に入り寒い毎日が続いています。風邪などひいていませんか?
ところで皆様は東京原宿にある『表参道・新潟館 ネスパス』と言うアンテナショップをご存知でしょうか?
新潟の地域、産業、文化など、さまざまなテーマでイベントを開催し、新潟の多彩な魅力を首都圏に住む方にPRする総合情報発信館です。
私は昨年まで知りませんでした。
立地条件は最高で、数あるアンテナショップのなかでも知名度もあり、先日は朝のテレビで生放送もしていました。
そして、今回は3月2.3.4日と柏崎観光協会主催で物産展を主体とし、柏崎をアピールするためのイベントを開催しました。
当社を含め12社が参加し物産展では、もずく・お菓子・餅・米・お酒・みそ・醤油etc・・・と柏崎を代表する商品をずらりと並べ盛大に開催。
もちろん夏の「海の柏崎」も宣伝してきました。
お天気にも恵まれ、集客数は3日間で約16000人の集客がありました。
原宿に買い物に来てたまたま寄ってくれた方、新潟県出身の方でイベントがあることを知り、目的を持って寄ってくれた方とさまざまでしたが、特に柏崎出身の方には非常に喜んでいただき、「自分の生まれ育った故郷の食べ物は、突然食べたくなるんですよ・・・」とか・・・。
おまけに、「懐かしい話し方だわ」「あのぉ・・標準語でしゃべってるんですが・・」
体に染み付いた柏崎なまりはお客様との距離をいっきに縮めてくれて対面販売のすばらしさも痛感し雰囲気はサイコーとなりました。
「我社ではネットで販売もしています。まだ持ってこられなかった商品もたくさん載ってます。ぜひ見てください。すぐに送りますから・・」すかさず、PRも忘れません。
対面販売の良い事はもちろん判っていますが、遠くにいてもすぐに何でも見られ買うことが出来るネット販売の素晴らしさはここにあると今更ながら痛感しました。
その後ネット注文も入りました。「また開催してね」なんてうれしいメッセージ付で・・
ファッションとグルメでは文句なしの原宿は、女性にすればよだれがでるようなショップがズラリと並び素通りできる訳がありませんが、若い頃明治神宮に初詣に行って以来の原宿は、田舎モンの私には歩いている人もお店も高級すぎて歩けませんでした。
しかし、あとで「東京は、地方からの人が大半なんだよ」と言うことを聞き、安心した私です。
今度行ったときは、堂々と原宿を闊歩します。
世界的な異常気象とネット販売
本日は3月9日(金)です、8日から雪が降り市内一面真っ白になりました。
私はもう雪は降らないだろうと判断し自家用車はノーマルタイヤに変えてしまいなんぎしました。
例年ひな祭りの頃には雪が降り荒れるなんて話をしていましたが、温かい日が続き、益々タイヤの切り替えを早くしてしまいました。
商売もこの暖冬に泣かされました、ぼやきの12,1,2月をすごされた業種のかたも今年は多いことでしょう。
しかしネットの反応は天気に関係されないようです。
新潟県内の同業の方が12月1ヶ月で3000万の売り上げで全国の楽天のセミナーで上位に入り表彰されました。また全国で1位になったのは新潟のサントノーレで1億とのことでした。
朝礼の報告の中で、上越のお客様が私どもにネットで注文してこられました、
弊社は上越のエルマールの中に店舗があり、その店舗に商品が飾って在庫があるにもかわらず、ネットを活用してくる時代です。
前記した1ヶ月で3000万ネット販売したお店は数年前に店舗を改装し商品を飾ってあったのですが今は箱のまま商品を店内に山済みにしている状況で店舗が倉庫になっている状況だそうです。
羨ましくもあり、業態の移り変わりもIT関連らしいおおきな変貌と感心してしまいます。
私どもが勉強会としているグループがあり岐阜の方で4年前ネットが年間4000万の売り上げが今年度は2億となったなんて話を聞きますと益々、あせるやら、希望がもてるやら、何とも人様は結構なお話ばかりです。
しかし、今年の暖冬はいろいろ勉強させられました。
まず売れない商財の処分についていろいろ工夫しました。
一つは当たり前の返品交渉です。この返品についていろいろな方向に思考が行きました。
社員(人財)は何処にも返品できない、返品するようでは社長の指導力、経営力不足と反省せざるをえません。
しかし反省ばかりではなく、成長するためのアドバイス、指示が社長の力であり段取り力でもあり最も必要です。
社員の成長は会社の資産(人財)の蓄積にもなり、ホスピタリティーにとんだ接客がネット販売に唯一勝ることのできるものであると思います。
店内が整理整頓、クリーンネスになっていることが社員(人財)の成長の証であり、逆に箱積みになっている店内では商品が病だれに品の山と書いて「癌」と表現しなければなりません。
来店していただくお客様とのコミュニケーション、ネットでのお客様とのコミュニケーションの勉強をこれからも益々していかなければと思います。
千の風になって(A thousand winds)
昨年大みそかのNHK紅白歌合戦でテノール歌手の秋川雅史さんが歌った「千の風になって」が注目されているようだ。
1月22日付のオリコンのシングルチャートで首位になり、クラシック系のアーティストでは初めてのことだそうだ。
千の風になっては作者不明の英語の詩を、芥川賞作家の新井満氏が日本語で作詞し、作曲したものである。新井満氏のふるさとは新潟市である。
ここで弁護士をしていたおさななじみの川上耕さんには、奥さんの桂子さんと3人の子供たちがいて、とても明るく幸せな生活をしていた。
ところがある日、桂子さんはガンにかかり、なくなってしまった。
桂子さんは地域で地道な社会貢献活動をしていた人で、たくさんの仲間たちが協力して、追悼文集をだした。
新井満氏は、このとき、この歌をつくり、私家版のCDを数枚だけプレスして、そのうちの一枚を川上さんのところに送った。
この歌が三年後、朝日新聞の天声人語に紹介されると、ちょっとした騒ぎになり、全国からCDを欲しがる声が殺到し、新録音でCDを出しましょうというレコード会社が現れた。
それがポニーキャニオンの「千の風になって」である。
私は死後の世界、霊界に興味を持ち、丹波哲郎やエマニエル・スウェーデンボルグの書物を読んでおり、この「千の風になって」の詩に素直に共感している。
ところで、新潟清酒の中に「千の風」という銘柄があることを御存知だろうか?
この新井満氏と、川上耕さんの同級生の一人に永井ミナさんという人がいる。
彼女が長じて結婚した相手が塩川英男さんで、塩川さんは兄の塩川武司さんと共に塩川酒造を経営している。
塩川酒造は新潟市内野町にあって、生産量こそ少ないながらも、国内最高水準の日本酒を造っており、平成11年には関東信越国税局の酒類鑑評会で主席第一位を受賞している。
ある日、ミナさんは考えた。(自分なりの方法で、桂子さんを追悼できないものだろうか・・・)
ミナさんは夫の英男さんに相談し、英男さんは社長をしている兄の武司さんに相談した。
その結果、塩川酒造は総力をあげて日本酒「千の風」をつくり、世に問うことに決めたのだった。
問屋さんには流通せず、こだわった酒屋のみの販売。
今から三年前のことである。
お酒の売り上げ金の一部は千の風・基金に寄付され、桂子さんのかかわっていた社会貢献活動に役立っている。